アイムエンタープライズ
加藤 渉カトウ ワタル
生年月日:7月17日 出身地 :東京都
主な出演作品
君のことが大大大大大好きな100人の彼女(愛城恋太郎)
怪獣8号(市川レノ)
勇者が死んだ!(トウカ・スコット)
ダンジョン飯(カブルー)
おかしな転生(スクヮーレ=ミル=カドレチェク)

Q 日ナレに入所したのはいつですか?
高校2年の4月でした。実は、そこに至るまでに、僕は一度、声優になる夢を諦めているんです。中学時代に声優になりたくて、親に黙って日ナレとは別の声優養成所の体験レッスンを受けたのですが、優秀者に選ばれなかったし、自分は声優に向いていないし、なれないだろうなと思ってしまって。それで、高校に上がった時に、忙しい部活に入らないとこのまま貴重な学生生活を無駄にしてしまう気がしたので、運動が苦手だった僕は演劇部に入って、そこからお芝居に興味を持つようになりました。高1の時に今後の話を親に相談したら親から「やりたいことをやってみたら?」と言われて、声優になりたかったことを思い出して、「養成所に行きたい」と親にお願いしました。
Q 入所した頃の生活パターンを教えてください。
学校の部活は毎日出て、日曜は日ナレに通っていました。当時は、本当に真剣だったなって思います。部活しか自分の取り柄はないと思っていたところに日ナレが加わって、ここで必死にやらないと自分には他に何もないんだからみたいな気持ちで、レッスンと部活に全力投球していました。
Q 入所した当時の日ナレの印象はいかがでしたか?
最初は発声とかかつ舌とか基礎的なレッスンばかりだったので、つまらないと思う時もありました。でも、そのフラストレーションが逆にモチベーションにつながりました。この程度のことだったら、クラスで一番にならなきゃダメだってすごく考えるようになりました。それには僕の当時の精神状態も影響していたと思います。クラスには年上の方とか、僕が大人って感じるような人たちが多かったのですが、そういう年代の方々と関わるのは日ナレが初めてだったので、しかも、当時の僕はすごく他人を警戒するというか、年上なんかに負けないという気概というか鬱屈とした感情があったんです。でも、その一方で、そういう方々と一緒に稽古する中で、僕は初めて協調性とか社会性について考えるようになりました。日ナレに通ったことで、凝り固まっていた概念を取り払う術を学び、尖っていた自分がだんだん丸くなって、人間として成長できた気がします。
Q 講師の方から言われた印象に残っている言葉はありますか?
いろいろな方から言われたのが、「敬意を持ちなさい」ということでした。当時は、「敬意って感じて出るものであって、持とうとして持つものじゃないのでは?」などと捉えて反発していましたけど、今になって、その言葉の意味がすごくよくわかるようになりました。声優の仕事って、作品制作においてほんの一部でしかなくて、その作品を創り上げるために本当に大勢の方が働いていらっしゃる。「敬意を持つ」というのは、その事実を解釈するすごく大事な言葉なのではないかと思いますし、周りがいてこそ、自分がいる。そのことを意識しながら過ごすのはプロとしてとても重要なことだと感じています。
Q 最後に声優をめざしている方へメッセージをお願いします。
僕は東京都出身ですが、環境的に日ナレに通いづらい人もいると思います。でも、親に甘えられる状況であれば甘えて、自分の環境を最大限生かしてトライしてほしいと思います。それから、声優になりたい以外の気持ちや時間も大事にしてほしいと思います。そういう時間や実感が回りまわって声優になれた時に活きてきます。反対に、それがないと声優になった後、自分から出せるものや表現できるものがなくて、自分は空っぽなんだと思う事態になりかねません。僕がそうでした。声優の道しかないと思って養成所時代を過ごし、学校の勉強もちゃんとせず、中退を繰り返した僕は、所属後、自分の中に何もないと感じて、一時期、枯渇を感じてしまったことがありました。その体験があるからこそ、皆さんには常に声優のこと以外でも、自分に蓄えられる経験や得られる実感を集めておいてほしいと思います。生きていくうえで、自分の人生をどうやって豊かにしていくかを考えていた方が前向きになれますしね。人間、とかく安易な過ごし方をしてしまいがちですけど、人と会えるなら会った方が自分の世界を広げられます。僕自身、社交的になったことで、感じることが増えて、友達も増えて、仕事も増えたので、そういう意識も大切に持ってほしいと思います。
2024.10.02 声優マガジンより転載

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